白磁彩菓 肥前皿絵文様菓 明治有田超絶技巧(3種セレクト)

新商品「明治有田超絶技巧」より3種の絵柄をセレクトし、3つ入りの小さい可愛らしいパッケージにまとめました。
お伝えしたいStoryはそのままに記しています。

《白磁彩菓 肥前皿絵文様菓 明治有田超絶技巧》激動の時代に有田焼を再興させた人々の、熱意に満ちた作品をご紹介します。

Story Note

江戸時代末期の1841年(天保12年)、久富与次兵衛は1757年以来途絶えていたやきものの輸出を蔵春亭三保の名で再開し、有田焼は再び世界の舞台に立ちました。有田焼に初めてブランド名を用いたと言われています。明治の時代となった1875年(明治8年)、各国が競って新しい技術や文化を披露する万国博覧会に出展するため、深川栄左衛門、辻勝蔵、深海墨之介、手塚亀之助らは合本組織香蘭社を設立し、国の威信をかけた作品作りに邁進します。技術を駆使した大型の壺や大皿に、精緻で繊細な絵柄を施した作品はどれも力作揃いで、輝かしい栄誉を得ました。1879年(明治12年)辻、深海、手塚らは香蘭社を離れて精磁会社を設立し、香蘭社は深川家の単独経営となりましたが、その後も両社は高品質な日本のやきものを世界に届けました。

色絵樹下唐人文 肥碟山信甫 1856年(安政3年)~1880年代
当時欧州で人気のあった中国風の絵柄。久富家から貿易の権利を継いだ田代紋左衛門は肥碟山信甫の名で貿易を加速させた。

絵菊花文 1870年代(明治元年〜8年頃)
黄色やピンクの新しい絵具による華やかな花文。開国後、欧州の新技術を積極的に取り入れた香蘭社設立前の深川造。

色絵双魚花文 香蘭社辻勝蔵 1875年~1879年頃(明治8年~12年頃)
細かい色絵の華やかな花瓶の中央に描かれた魚双文。合本組織香蘭社時代、深川、辻、深海はそれぞれの工房で作陶した。
  • 1,200円(税89円)