白磁彩菓 肥前皿絵文様菓 有田様式(5個入り)

《白磁彩菓 肥前皿絵文様菓 有田様式》では伝統的な有田・伊万里焼の5つの様式から代表的な絵柄をセレクトしてご紹介しています。

Story Note

有田焼には今に続くいくつかの伝統的な様式があります。それらは有田焼が初めて創られた17世紀初頭から80年ほどの間に段階的に成立しました。初期の頃の素朴な様式から次第に洗練され、華やかさを増していきました。
柿右衛門様式、古伊万里金襴手様式はヨーロッパへ輸出され、王侯貴族が競ってコレクションするほど人気の商品となりました。鍋島様式は佐賀鍋島藩から将軍家、大名家への献上品、贈答品として贈られ、日本の武家社会で流行しました。
いずれの様式においても技術力の進歩に加えてその時々の世相、流行を反映し、ニーズに応え、新しいデザインを作り出していったと考えられています。

<初期伊万里様式>1610〜1650年代 青の絵具のみの素朴な絵付け
17世紀初頭、朝鮮から渡来した陶工金ヶ江三兵衛(李三平)らが有田において陶石を発見し、日本で初めて磁器を製作したと言われています。初期の頃は青の絵具のみの素朴な絵付けでした。

<初期色絵様式>1640〜1650年代 色絵付けに成功
1640年代、中国人より色絵付けの手法が長崎出島に伝わり、初代酒井田柿右衛門が試行錯誤の末、色絵磁器の焼成に成功しました。

<柿右衛門様式>1670〜1690年代 絵付けの技術やセンスが向上
輸出用に大量の注文を受けるなかで次第に絵付けの技術やセンスは洗練され、乳白色の生地に余白を残した左右非対称の暖色系の図柄を特徴とする柿右衛門様式が誕生しました。

<古伊万里金襴手様式>1690〜1730年代 金彩を使った華やかな文様へ進化
元禄年間には染付のベースに赤や紫、黄緑などの色絵や金彩で表面全体を埋め尽くす華やかな金襴手が流行しました。豪華な装飾を好んだヨーロッパに数多く輸出されました。

<鍋島様式>1650〜1871年 鍋島藩窯の一流の職人による最高級品
佐賀鍋島藩では一流の職人を集め、厳重に管理した藩窯で最高品質、最先端の意匠の作品を生み出しました。藩の贈り物として作られた磁器は一般に出回ることはありませんでした。
  • 2,000円(税148円)